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2023.08.10

【祝85周年】今こそ知りたいカンゴールとレゲエ・ファッションの関係性

【祝85周年】今こそ知りたいカンゴールとレゲエ・ファッションの関係性
2023年、KANGOLは生誕85周年を迎えました。
ちょうど昨年、日本で8/10が『レゲエの日』と制定され、同時に8/10で『ハットの日』という語呂合わせも出来ることから、この記念すべき日にレゲエ・カルチャーとともに歩んできたカンゴールの“知られざる歴史”を皆さまにお伝えしたく思います。
著名な音楽ライターであり、国内のレゲエ・シーンではインフルエンサーとしても知られているSOLO BANTONさんに記念記事の執筆をお願いしました。





『KANGOL』。

今年で生誕85周年を迎えた世界のファッション史にその名を刻む偉大なる帽子ブランドである。1918年創立者であるJacques Spreiregenがイギリスにて自身の帽子店を開業。当初はフランスからベレー帽を輸入し販売していたが、独自に製造も行うようになり、1938年『KANGOL』ブランドが発足する(※印象的なブランド名は創業者がニット(KNITTING)からKを、アンゴラ(ANGORA)からANGを、ウール(WOOL)からOLをとり命名されたと伝えられている)もとは大戦中に大英帝国陸軍が被るベレー帽を供給したメーカーであり、1948年に開催されたロンドン五輪ではイギリス選手団が開会式で着用。“イギリス随一の帽子ブランド”としてその地位を不動のものに。

1964年にはあのThe Beatlesを広告に起用。そして彼らが着用する帽子の全世界独占製造・販売権を獲得し、カンゴールはイギリスから広く世界に向けてその存在を知らしめることとなる。

そんなカンゴールと密接に結びつきあのカンガルーのロゴを見た時誰もが連想する音楽といえば……そう、“HIP HOP”。
LL Cool JやRun-D.M.C.の名前を出すまでもなく、504ハンチングを愛用したThe Notorious B.I.G、2000年代初頭に毛が生えたフサフサのカンゴールのバケットハットやハンチングを被ることでオールドスクールへの愛を示したMissy Elliott、そしてカンゴールのアーミーキャップがトレードマークになっているEminemと、挙げていけば切りがない(※ちなみに1980年代には『Kangol Kid』なるカンゴールと“公式”にスポンサー契約を結んだラッパーも存在した!)。


(via
YouTube

近年においてもBTS(韓国出身の彼らもHIP HOPから多大な影響を受けたアーティストである!)が、あの世界的大ヒット曲『Dynamite』のMVでカンゴールを着用。100年近い歴史を誇る同ブランドは今もなお世界中の若者たちに多大なる影響を与え続けている!!

そして、そんなカンゴールと切っても切れない結びつきがあり、世界中の誰もが知っている音楽がもうひとつあることをご存知だろうか? それがジャマイカ生まれの『レゲエミュージック』。 そう、意外に思われるかも知れないがカンゴールはあの南の島で愛され、多数のレゲエアーティストたちが被った帽子でもあるのだ。両者にいったいどんな“関係性”があるのか? 85周年というこのタイミングでそれを話せることを光栄に思う。

時計の針を少しだけ、巻き戻してみよう……。


カンゴールの帽子、メッシュマリーナ(※またはストリングベストとも。日本では俗に“網シャツ”と呼ばれて広く知られている)、ダイヤモンドソックス、クラークスの靴……1980年代初頭のレゲエ・ダンスホールシーンにおいてはこれらのアイテムを身にまとうことがトレンドであった。ちょうど81年に“神様”Bob Marleyが死去。それと前後するようにジャマイカ国内では“ンチャ、ンチャ♪”の古式ゆかしい“レゲエ”から発展し最初期のダンスホールミュージックが生まれ始めようとしていた瞬間で、ファッションにおいても新しい流れが生まれていた。
先に挙げた「カンゴール」や「クラークス」はともに英国発のブランドであり、「ダイヤモンドソックス」に使われているアーガイル模様はイギリスの伝統的な柄。そして意外に思われるかも知れないが網シャツもイギリスにルーツがあり、かの国では「紳士の着る肌着」として1930年代より広く普及していたものである。
そう、もともとイギリスの植民地でもあったジャマイカにおいて、この頃「トラッド」のブームが起こっていたのだ。

当時のシーンを切り取ったレゲエ歴史本『Rub-a-Dub Style: The Roots of Modern Dancehall』の表紙写真など、まるでユニフォームかの如く皆がカンゴールのハンチングを被っているのが印象深い(※ちなみに著者Beth LesserはSugar MinottのYouthman Promotionのダンスで結婚した筋金入りのレゲエ好き!)


(via
Amazon

そして80年代末から90年代前半にかけてまた新たな流れが巻き起こる。それが「サイズの巨大化」と「網シャツのメインアイテム化」である。

ジャマイカでは85年のスレンテン誕生以降本格的なダンスホール時代が幕開けしており80年代後半頃のステージショーのビデオを観ると南国らしいカラフルな色彩はそのままなのだがやたら服がバカでかくなっており、またデザインもより奇抜に。そしてアーテイストはみんな金をじゃらじゃらつけている(どのぐらいの純度の金なのかは今となっては知るよしもないが)。

いわゆる“Raggamuffin”なファッションの誕生であり、このようなスタイルを先導していたのがデザイナーの“BIGGY”。
もとはPinchersの衣装を作っていた人物なのだが、メジャーデビュー後のShabba Ranksが好んで着用したことによりアイコニックな存在となる。Shabbaが初めてグラミー賞のステージに登壇した際の衣装をデザインしたのも彼で、その写真は当時の『TIME』誌にも掲載された。名曲『HOUSECALL』や『TING A LING』のMVで着ている衣装ももちろんビギー作である。


(via
YouTube


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そしてもうひとつのファッションの大きな変化が「網シャツのメインアイテム化」。それまでは本場イギリスにならってあくまでシャツの下に“肌着”として着るものであったが、80年代末あたりからボタンを全部外し(もしくは一番上だけ留める)あえて網シャツを見せるように。そして網シャツを一枚で着る若者も現れ出し、赤や青や黄色、果てはラスタカラーの三色網シャツなんてものまで市場に流通するようになる(筆者は94年初来日したBeenie manがジャパンスプラッシュのステージで黒の網シャツ一丁で熱唱していた姿が思い出深い)。アルバムのジャケットでは92年の『Terry Ganzie / Team Up』が網シャツをメインビジュアルに据えた最初期の作品となる。


(via
vprecords.com

これは“ジャマイカ”や“レゲエ”を象徴する着こなしとなり、日本ではレゲエ好きとして知られるチョコレートプラネット松尾氏がよくTVなどで着ているアレ、と言えば非常によく分かるだろう。


(via
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もちろんそれらのダンスホール・ファッションにカンゴールは良く溶け込み(※ラガな格好にニューエラは何となく似合わない!)、様々なアルバムのジャケットやライブのビデオでカンゴールをかぶって見事に決めているアーティストたちの姿を見つけることができる。

しかし流行は移りゆくもので2000年代に入るとジャマイカでもUSのラッパーさながらのB-BOYファションが主流に。網シャツは価格の高騰とともに本来の肌着としての役割は普通のコットンのタンクトップに取って代わられ、すっかり“ひと昔前”のものに。2007年にはイギリスの新聞『INDEPENDENT』紙に“Unravelled! The death of the string vest(網シャツの死を紐解く)”という記事まで掲載され、本国でも“時代遅れのアイテム”という烙印を押されることとなる。

この時代の被り物の主流は何と言ってもニューエラに代表される野球帽。00年代初頭はドゥーラグも爆発的に流行り、特に日本ではMighty Crownの影響もありカラフルなタオルを頭に巻くのが独自のレゲエ・ファッションとして広まった(※フェスでタオルを振り回す、という文化を日本に定着させたのがマイティクラウン)。

気づけば“現場”でカンゴールのハンチングやハットをかぶっている人を見かけることもとんと少なくなってしまった……が!! 2013年とある曲の世界的ヒットが爆発的なオールドスクール回帰を呼び起こす。


(via
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それが、Major LazerがレゲエDeeJay・Busy Signalをfeat.して放った大名曲『Watch Out For This』。楽曲そのものは当時最新のEDMサウンドなのだが、MVの世界観・ファッションはまるで90年代のキングストンに迷い込んだようで……まさに“異次元”の魅力に満ちていた。目にも鮮やかなキラキラのジャケットを羽織り、真っ赤なカンゴールのハンチングを被ったBusy Signalの姿は今でも忘れられない。

『Watch Out For This』のバズをきっかけにレゲエ・シーンでは『Protoje / Who Knows ft. Chronixx』『Aidonia / 80's Dancehall Style』『Notis & Iba Mahr / Diamond Sox』など、出演者みながトラディショナルな装いをするMVが急増し、にわかにブームが巻き起こる。


(via
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カンゴール的には何と言っても『Konshens & Romain Virgo / We No Worry Bout Them』だろう。
真っ赤なカンゴールのハンチングに同じく赤のシャツを合わせ、ブリンブリンをつけて網シャツをのぞかせるその出で立ちは、典型的な“Raggamuffin”の装い。


(via
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そして、2016年。いよいよ“あの曲”が投下されることとなる。そう『Rihanna / Work ft. Drake』だ!! Pot of Goldの『Sail Away Riddim』をサンプリングし、ラスタ・カラーの網シャツ・ドレス(※ちなみにTommy Hilfigerのもの)を身にまとった歌姫RihannaがDrakeと妖艶な“ワイニー”を披露するMVは世界に衝撃を与え、ビルボードチャート一位も獲得。MVは現在までで「13億回」再生されている。

Rihannaはバルバドス出身のカリビアンでデビュー当時からレゲエに強い影響を受けたアーティストとして知られていたが、ここまでこのカルチャーを前面に押し出した作品をリリースしたのはこの『Work』が初めてで、かつては時代遅れのものとされた網シャツはこれで完全復活。そして世界的にもレゲエ・ファッションに熱い注目が集まることとなりそれは現在までも続いている……!!

そしてそのカルチャーを形作ったもののひとつが「85年」という歴史と伝統を誇るカンゴールなのだ。


最後になったが少しだけ自分の話をしよう。
2016年10月。ぼくは緊張した面もちで渋谷のスクランブル交差点に立っていた。目的は日本が誇るMIGHTY CROWN25周年記念トークショーへの出演。“レゲエ界の音楽ライターを代表して”という触れ込みだったが、全出演者中最年少で、しかも福井県というド田舎から来たぼくは「せめて格好だけでも決めてかなあかん」と精いっぱいのおしゃれをして向かった。

10代の頃から持ってるふさふさのカンゴールのハンチングを被り、アイリーライフの網シャツを着て上から羽織ったのは古着屋で買ったXXXLのシャツ、民族柄の半パンに足もとはAIR MAX90。そんな出で立ちで挑んだ大舞台。
司会を務めたのはまだブレイク前夜のチョコレートプラネット松尾駿(その数年後テレビで見て「うわ! あの時の人や!」とびっくりした)。

その長い長い歴史の中で世界中の人たちに愛されてきたカンゴール。
ぼくもあの帽子を被って“忘れられない”思い出を作った一人である。






Text:SOLO BANTON
Twitter / X @solobanton_desu
Instagram @solobanton.desu

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